世界が広がった──その実感は本物だった

自衛隊を辞め、民間企業に飛び込んで最初に感じたのは「世界ってこんなに広かったんだな」という実感でした。
私は現在、GWO(Global Wind Organisation)のインストラクターとして、風力発電の現場で働く人たちに向けた安全教育を行っています。受講者の中には外国人も多く、彼らとのやり取りを通じて、これまでの自衛官としての生活では得られなかった視野の広がりを日々感じています。

「世界は意外と近くて、温かい」
最近では、フランスから来た受講者と一緒にトレーニングを行いました。私は英語が得意ではないのですが、その受講者はジェスチャーや片言の日本語で懸命にコミュニケーションを取ろうとしてくれました。お互いに言葉は十分に通じなくても、トレーニングのゴールが見えたときの、あの笑顔。



「言葉を超えて通じ合える瞬間がある。」
自衛隊時代も充実していましたが、こうした国籍も価値観も異なる人たちとの出会いは、私にとってまさに“世界が広がる”体験でした。
“安全”に対する考え方の違い


自衛隊と民間企業では、安全へのアプローチにも明確な違いがあります。
自衛隊では、「ある程度の危険は任務の中で当然」という考えが前提にあります。もちろん、安全管理は徹底されていますが、訓練ではあえて厳しい状況を想定することも多く、リスクを伴う行動も想定内です。
私自身、レンジャー課程を修了しています。訓練では40~50キロの荷物を背負い、水も飲まず、食事もとらず、水分不足から汗も出ず、体温調整もできない状態で、何日も山の中を歩き続ける場面もありました。もちろん衛生要員が同行しており、いざという時には医療的なサポートが受けられる体制も整ってはいますが、それでも「最悪を想定して動く」訓練の過酷さは、今も忘れられません。
一方、民間企業では「絶対に事故を起こしてはならない」が基本姿勢です。 特に私が携わる風力発電業界では、高所作業・感電リスク・回転体への巻き込みといった、非常にリスクの高い作業が伴います。
そのため、一つの手順の省略や誤解が、重大事故に直結するという強い緊張感の中で働いています。



「安全は“理解されてこそ”守られる。」
“伝える力”の重要性に気づいた
海外の受講者との関わりや、民間での安全教育を通じて、私自身が強く実感したのが「伝える力」の重要性です。
自衛隊では「分かっていて当然」「言われなくても行動する」がベースにありました。 上官の意図を察する、隊としての空気を読む──その文化は、自衛隊という集団組織の中では非常に合理的なものでした。
しかし民間に出てみて、そのスタイルでは通用しない場面が多くあります。



「理解されなければ、安全は守れない。」
文化、言語、経験が異なる人たちに対して、どれだけ“伝える工夫”ができるか。 たとえば、ジェスチャーを交えて説明する、順序立てて話す、図や写真で補足する、相手の理解度を確認しながら進める──これらすべてが、安全教育の基本であると気づかされました。
実際、同じ内容を伝えるにしても、言い方ひとつで伝わり方が変わることを、何度も経験しました。
経験が“伝わる力”に変わったとき
現在の仕事では、ただ知識を教えるだけでなく、受講者一人ひとりの理解や納得を見届けることが求められます。
たとえば、CPRやAEDの操作方法を指導するときも、自衛官時代とは違って、「なぜそうするのか」「失敗したときどうなるか」を視覚的かつ実践的に伝える工夫をします。
それは、かつて自衛隊で熱中症になった隊員に現場で対応した経験や、止血帯(ターニケット)を使った訓練の実体験があるからこそ、説得力をもって話せる内容でもあります。
こうした“現場での経験”が、今では「伝わる力」に変わり、講義の中で活きている実感があります。
世界の広がりは、人との出会いで決まる


トレーニングの中で出会ったフランス人の受講者、文化や言語の壁を超えて心を通わせたあの時間。
自衛隊では出会えなかった人たちと、同じ目標に向かって取り組み、笑顔で終われる関係を築けたことは、私にとって大きな財産です。
民間で働き始めてから、たくさんの“本物の出会い”がありました。世界は広いけれど、心が通じれば、その距離は思ったよりも近いのかもしれません。
後編では、私が風車の模型や発電教材を制作した経験を通して感じた「評価される働き方」について、お話しします。